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甲府地方裁判所 昭和50年(ワ)218号 判決 1977年5月18日

原告

石川芳照

ほか一名

被告

芦澤一二三

主文

一  被告は原告各々に対し金一六三万二、五九六円及びこれらに対する昭和五〇年一一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分しその五を原告らの連帯負担とし、その一を被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  (原告ら) 被告は原告ら各々に対し金八九六万円及び内金八〇〇万円に対する昭和五〇年一一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行宣言の申立。

二  (被告) 請求棄却、訴訟費用原告ら負担の判決。

第二当事者の主張

一  (請求原因)

1  訴外亡石川弘(当時二歳七月)は昭和五〇年五月一一日午後四時頃山梨県西八代郡市川大門町七一九ノ一四番地先県道上において、被告の運転する普通乗用車(以下加害車という)に衝突して広範囲脳挫傷等の傷害を負わされ同日死亡した。(以下本件事故という)

2  被告は本件加害車を所有し自己のために運行の用に供していた。

3  訴外亡弘は原告らの長男である。

4  原告ら及び訴外亡弘は本件事故により次のような損害を蒙つた。

(一) 訴外亡弘の逸失利益 金二、四五一万二、二〇五円

訴外亡弘は昭和四七年九月二五日生れで本件事故当時二歳七月で健康な男子であつたが、本件事故により死亡しなければ、将来高校卒業後である一八歳から少なくとも六五歳に達するまでの間就労し得たはずである。

昭和五〇年度賃金センサス第一巻第一表によれば、全国男子労働者学歴計平均賃金は年間二三七万〇、八〇〇円である。その後の物価賃金上昇を考慮すれば昭和五一年度平均賃金額は少なくとも前年度一〇パーセント増を下らないと考えられる。それゆえ昭和五一年度の全国男子労働者平均賃金額は年間二六〇万七、八八〇円を下らない。生活費を四割、一八歳までの養育費を年間一二万円とし、これを控除し、さらにホフマン式年金現価表に従い中間利益を控除すると次の式のとおりとなる。

2,607,880×(1-0.4)×16.5502-120,000×11.5363=24,512,205

原告らは訴外亡弘の死亡により右損害の賠償請求権を二分の一宛相続した。

(二) 葬儀費用 金五〇万円

原告らが平等負担した。

(三) 慰謝料 金一、二〇〇万円

原告らは本件事故により突然、唯一人の愛児を失ない、極めて甚大な精神的苦痛を受けた。その慰謝のためには少なくとも原告ら両名合計して金一、二〇〇万円を必要とする。

(四) 弁護士費用 金一九二万円

原告らは被告において再三の交渉をもつたにかかわらず任意に右支払に応じないため、原告訴訟代理人を選任し、報酬として判決認容額の一二パーセントを支払うことを約した。内金一九二万円を弁護士費用として請求する。(原告ら平等負担)

5  原告らは自動車損害賠償責任保険として金一、〇〇〇万円を受領した。

6  原告らは前々項(一)乃至(三)の合計金三、七〇一万二、二〇五円に前項記載の金額を充当したので、金二、七〇一万二、二〇五円となつた。

7  原告らは被告に対し前項記載の金額に前記弁護士費用を加えた金二、八九三万二、二〇五円の内金一、七九二万円を平分した各々金八九六万円と内金八〇〇万円に対する不法行為の後日である昭和五〇年一一月一日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  (請求原因に対する認否及び抗弁)

1  (認否) 請求原因1、2、3、5の事実を認め、同4、6の事実を争う。

2  (抗弁) 被告に過失がなく、原告らに過失があるので、賠償義務はなく、仮に賠償義務があつたとしても過失相殺されるべきである。

(一) (被告の過失について)被告は制限速度その他の交通法規を遵守して走行中、建物の前方にある電柱と立看板の向う側から道路に飛び出した訴外亡弘を約七メートル手前で発見し、直ちに制動措置をとつたが間に合わず、本件事故を起した。被告の当時の速度は時速三〇キロメートル多くとも四〇キロメートル以内であり、その制動距離は時速三〇キロのときは約一〇メートルであり、時速四〇キロとして約一六メートルであるから訴外亡弘を発見して直ちに制動措置をとつても衝突は避けられなかつた。それでは、右制動距離より手前で訴外亡弘を発見できなかつたかについていえば、これは不可能であつた。すなわち、現場は交通頻繁な県道上で、道路両側には民家が立ち並んでおり、道路の幅は六・七メートルであつて狭いこと、飛び出した地点手前約七・六メートルから間口九・六メートルの家が道路に沿つて存し、その家と飛び出した地点とのほぼ中間道路沿いに電柱(直径約〇・四五メートル)と立看板(高さ約一・三メートル、幅上〇・五メートル、下〇・二メートル)が立つていて、その間隔約〇・三メートルであり、訴外亡弘はそのすぐ向う側から飛び出したこと、その上、その附近は石材置場で多量の石材と砂が置かれていたこと、二歳七月の男子の平約身長は〇・七八メートルであること、加害車の前方七乃至八メートルに先行車両があつたこと、等を等慮すると制動距離より手前で訴外亡弘を発見することは期待しえない。

(二) (原告らの過失について)原告らの入浴又は昼寝をしていて二歳七月の幼児である訴外亡弘の保護責任を果していない。

三  (抗弁に対する認否)

否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1、2、3の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、自動車損害賠償保障法三条但書所定の被告の過失の不存在が認められるか否かについて検討する。成立に争いのない乙第一乃至四号証、証人田中重雄及び同稲山孝紀の各証言並びに原告石川芳照及び被告の各本人尋問の結果を総合すると次のことが認められる。

本件事故現場は下部町方面(南々西)から甲府方面(北々東)へ通じる県道で、幅員六・七メートルでアスフアルトで舗装されており、道路両側はほぼ民家が建ち並んでいる。本件事故当時は前認定のとおり午後四時で、天候はうす曇りであつた。被告は時速約三〇乃至四〇キロで進行し、法定速度内であつた。衝突現場近くの被告の進行方向からみて(以下特にことわりなく左右というときはこれと同じ)左側に電話線用の電柱が道路の端に立つており、その少し斜下部町寄りの地点で、かつ電柱からさらにほぼ電柱の直径位の長さの間隔をおいて道路外へ下がつた地点に高さ一・一三メートル、下幅〇・一二メートル、上幅〇・三二メートルの悌形の立て看板が立つていた。訴外亡弘は右電柱より甲府方面へ約二メートル位寄つた地点(被告の進行方向からいつて約二メートル先の地点)から道路へ誰かを追うような姿勢で走り出して加害車と衝突した。その衝突地点は道路左端から約二メートル道路中央へ寄つた地点である。衝突直前に対向車はなく、七乃至八メートル先を乗用車が先行していた。本件事故現場はほぼ直線の道路で見とおしは良く、とくに右衝突地点の手前すなわち右電柱及び立看板の手前に建つている笠井洋服店は下部町寄りが〇・五メートル、甲府寄りが一・三メートルだけ道路端から後退して建てられており、電柱及び立看板が存する部分は信号機のある交叉点が存する地点である六〇乃至七〇メートル手前の地点からも見とおせる状況にある。衝突直前には反対側に存する路地の入口に四歳位の子供が立つていた。後続車の運転者訴外田中重雄は約二七メートル手前で訴外亡弘が道路に飛び出したのを発見した。そして加害車と後続車の距離は多くみて八メートルであつた。この数値を前提に考えると被告は訴外亡弘の飛び出した姿を少なくとも一九メートル手前で発見することができたことになる。他方、加害車の助手席に乗つていた訴外稲山孝紀は約七メートル先に訴外亡弘の飛び出して来たのを認めた。運転していた被告もほぼ同じである。

スリツプ痕の長さはわずかに一・六メートルであつたので急制動の効果が現われる前に衝突したことになる。

以上の事実が認められる。そして、車の秒速は時速四〇キロのとき一一・一一一メートル、時速三〇キロのとき八・三三三であること、乾いた舗装道路上での空走距離と制動距離の合計が時速四〇キロのとき約一八メートル、三〇キロのとき約一一メートルであることは公知の事実であり、前認定の事実に併わせ、これにもとづいて考えると、なるほど、被告が制限速度内で走行していたこと、訴外亡弘は電柱又は立看板の甲府寄りに立つていたので被告において十分には確認できる位置にいなかつたこと、同訴外人はそのような位置から走り出たことなど、被告の過失の不存在をうかがわせる事情があるけれども、他方、訴外亡弘は電柱に密着していたのでなく約二メートル位甲府寄りに立つていたこと、現場の見通は良好であること、後続車の運転手の発見位置から考えると少なくとも一九メートル手前で発見することができたこと、等の事情がある。彼此考え合わせると、被告はもう少し手前すなわち、少なくとも一九メートル位手前で訴外亡弘の動きを発見できたのではないか、という疑が残る。そして反対側路地入口に立つていた男の子を発見していたならそれとの相関関係において、訴外亡弘の所在も推知しえたのではないかとも思われる。これらの疑を挿しはさみうる以上、被告に過失がなかつたとは断じえない。よつて、その余の判断を待つまでもなく、被告は自動車損害賠償保障法三条の責任を免れない。

三  原告及び訴外亡弘の損害について検討する。

1  逸失利益 金一六九三万八、三五六円

幼児の逸失利益の算定は不確定要素が多いので、困難を極めるが、可能なかぎり合理的な計算をなすべきである。そうするとき、昭和五〇年度賃金センサスを参考とし、将来の昇給を考慮し、生活費の控除も遅くとも結婚すると考えられる三〇歳を境に差異をおくべきである。高校教育が一般化している今日新高卒を基準とする。それゆえ、賃金センサスの産業計、男子労働者、新高卒の数値による。そして社会の金利計算において一般化しているライプニツツ式によるを相当とする。これによつて得た数値から高校卒業までの養育費(年間金一二万円)を控除することとする。以上の方法で計算すると別表記載のとおりとなる。

前認定の事実によると原告らは訴外亡弘の死亡によりその権利義務を二分の一宛相続したことが認められ、逸失利益もその一部として認められる。

2  葬祭費用 金四〇万円

原告石川芳照本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、訴外亡弘は二歳七月の子供であり、特段に多くの費用を要した事情がないが、少なくとも金四〇万円を必要とし原告両名がこれを平等に負担したものと認められる。

3  慰謝料 金六〇〇万円

以上認定の事実にもとづいて考えると慰謝料として原告両名で金六〇〇万円を相当と考える。

4  弁護士費用 金三〇万円

以上認定の事実及び弁論の全趣旨によると少なくとも金三〇万円をもつて相当因果関係にあり、原告らが平等負担したものと認められる。

5  以上合計すると金二、三六三万八、三五六円となる。

四  原告側の過失について検討するに、原告石川芳照本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告らは原告光子の実家を訪れ、訴外亡弘が実家の四歳位の子供と遊んでいたのでこれをそのまま放任していたことから、結果として本件事故現場である交通頻繁な県道を横断することとなつたこと、訴外亡弘が日頃親に接しているとき利口な振舞をしていたことが認められる。しかし、二歳七月の子であれば日頃親と接している際利口な振舞をしていたとしても様々な生活場面で衝動的行動に出でることは公知の事実である。それゆえ、原告らは親として何らかの保護的な措置を講じ道路上にわずか四歳位の子供と連れだつて出ることがないよう努めるべきであつたものといわなければならない。

この点において原告らに過失があつたものと認められ、本件事故に対する寄与度は前認定の被告の過失よりも大きいものといわなければならない。そして、自動車保有者の危険責任を考慮に入れて考えても、過失相殺の割合としては原告ら四五パーセント、被告五五パーセントを相当と考える。それゆえ過失相殺の結果、金一、三〇〇万一、〇九六円となる。

五  請求原因5の事実は当事者間に争いがないので、右金額からこの保険金一、〇〇〇万円を差し引くと金三〇〇万一、〇九六円となる。

六  諸物価の上昇は通常人の予見可能な場合であり、相当因果関係の範囲内にあるものというべきであるので、これを考慮に入れて損害額を算定すべきである。全国消費者物価指数は昭和五〇年を一〇〇とすれば同五一年八月は一〇八・八であることは公知の事実であるので、本件口頭弁論終結時においても少なくとも一〇八・八であるといえる。それゆえ右金三〇〇万一、〇九六円にこの分の増額分を加算すれば金三二六万五、一九二円となる。

七  以上の次第で原告らは被告に対し各々金一六三万二、五九六円及びこれらに対する不法行為の日の後日である昭和五〇年一一月一日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利があるものというべく、原告らの本件請求は右の限度で理由があるので、その限度でこれを認容することとし、その余は棄却することとし、民訴法九二条、九三条、一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 東孝行)

(別表)

<省略>

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